慶應義塾大学 理工学部 機械工学科

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小畑浩志

略歴

三菱電機株式会社鎌倉製作所にて次期支援戦闘機レーダー開発従事、戦闘機擬似格闘戦システム開発建設、MIT留学(MBA)、96年、ディジタル通信セキュリティー技術企業ATABOK社創業(ボストン)、基本設計と同時に世界14カ国から強力な技術陣、経営陣を組織(元フェデックス全米マーケティング統括副社長がCOO)、2001年、日本進出。米国在住。剣道5段。極真空手。

機械工学科に学んで

博士課程に学ばれ工学のプロを目指される方は別として、一般的に、大学教育で得るべきものは、幅広い基礎教育だと思います。テンソル解析も偏微分方程式も電磁方程式もオイラー方程式も何もかも、今からしてみれば、使うことは全くありませんが、大学教育は、一見して無駄と思うようなプロセスであっても、目的を絞り込まず、思考回路をすっきりと工学的にするための訓練だと割り切ってやっておくことが必要だと思います。メーカーに就職すれば、技術者として実用的な最先端専門技術を徹底して身に付け追及していくことになりますし、職業訓練学校といわれるビジネススクールに行けば、ファイナンスやアカウンティングやマーケティング理論、更にはシステムダイナミクスといった特殊技術まで幅広く選択的に吸収することができますから、大学時代にあせる必要は全く無いと今でも思います。

小生は元々ビジネス指向でしたから、範囲を限定され深堀が要求される工学分野を選択してしまうと専門技術者としての道に入ってしまうと考え、常にビッグピクチャーや大規模システムを描けるような大雑把な工学分野、それでいて、ギリシャの昔から十分理論として確立し、歴史的に産業利用ケースが明確に積みあがっている、機械工学を選択しました。具体的には流体工学を選択し、社会人となってからは、熱流体工学(高周波半導体型電子的移相制御レーダーの半導体温度制御のための熱流体移送技術)、その後、レーダーシステム、そして、当時ハイブリッドコンピューターからパラレルディジタルプロセッサーが出たばかりの頃のリアルタイムハードウェアインザループシステムの設計開発建設、そして、渡米、MITでビジネスサイエンスに触れ、インターネット黎明期に、ディジタル通信セキュリティー技術の発明、起業、そして経営といった人生を辿ってきましたが、一貫して言えることは、物事を"流れ"として見る思考性であり、それは、機械工学を選択し、流体工学を選択したことが原点にあると思います。私見ですが、米国では、職業は大雑把にビジネス・医者・弁護士の3択、それぞれに専門大学院があり、ビジネスを選択すれば、セールス、マーケティング、エンジニアリング、IT、ファイナンス、の5択、それぞれ、CEO、CEO、CTO、CIO、CFOを目指すという、明確な選択性があるように思います。

米国には法学部が無く、どのような学問を修めた人でもロースクールに行って弁護士の道を目指せるように、どのような学問分野やキャリアであってもビジネススクールで各選択肢の特徴を学んだり擬似経験し、自分に合ったキャリアを選択できるシステムになっています。もちろん、ビジネススクールに行かなくても自由に5択の選択ができるわけですが疑似体験が体系的にできる点が異なります。人生の選択という点において、こうした"自由度"ということを強く意識し、かつ、卒業後の人生においても、"選択と集中"ということを強く念頭において精進を積んでもらいたいと節に思います。米国社会が優れている点はこの2点が徹底されていることであり、努力が蓄積しやすいしくみになっていることです。これには大いに学ぶべき点があると考えます。

小生は、工学部で剣道部に所属し、卒業後も精進し、途中極真空手をやったりして、10年ほど前に5段を取って、渡米後は全くやっておりませんが、85歳の8段範士を打ち込めないわけですから、剣道は精進の蓄積の重要性という点で、人生観の基礎となっています。クラブは全日本学生選手権レベルの部では全くありませんでしたが、尊敬する先輩がおり人間としていろいろと学び未だにお付き合いさせていただいておりますし、今から思えば無駄とも思える厳しい稽古も無茶なお酒もずいぶんとやりました。副主将や工学部体育会委員長としての組織運営にも携わりましたが、伝統の浅い組織だったので、いろいろ手作りや試行錯誤が必要で、考えてみれば、この時、起業や組織化の精神が養われたような気もします。

研究室の先輩方には未だにお付き合いいただいておりますが、当時に関しては一緒に遊んでいた楽しい記憶しかなく、グランドでソフトボールをやっているのも機械科の学生ばかりだったような気もしますが、それでも卒業時には時計をいただきましたので自分では無意識ながらも真面目にやっていたのでしょうが、試験の山を張り効率的に押さえるという直感は現在でも会社経営で役に立っているような気もします。木鶏(もっけい)ということわざが中国にありますが、今から思えば、大学生活は自由に基礎をやったことが人生の基礎となったような気がしますし、卒業後、大学時代の研究やクラブに捕われず、どんどん選択的に先に進んできたことが重要であったと思います。福澤先生の慶應義塾の精神は、仕事盛りの今となって振り返って見ますと、ますます大変含蓄深いものであると感銘を受けます。独立の精神、実学・実業の精神、などはまさに思い当たる節です。

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